路線概要

1926年(大正15年)5月12日、千葉営業所の前身で当時から千葉駅を中心に路線を展開していた千葉市街自動車が、千葉駅と陸軍歩兵学校(現在の天台・千草台団地一帯)間に路線を開通したことから横戸線の歴史は始まります。1929年(昭和4年)には穴川、さらにその4年後長沼へと延伸し、千葉駅と長沼を結ぶ路線として横戸線の原型が完成します。
しかし、1938年(昭和13年)8月に施行された陸上交通事業調整法によって千葉市街自動車は京成電気軌道に買収、京成電気軌道千葉営業所に吸収されました。(陸上交通事業調整法は、交通事業者が乱立して対立が激化するのを防ぐ目的で制定されました。東京周辺、大阪周辺、富山、香川、福岡の5地域に適用され、大東急や京阪神急行電鉄の誕生、南海が近鉄に吸収合併されたことなどでご存じの方も多いと思います。千葉交通や小湊鐡道がこの時京成に合併され、現在もグループ会社として繋がりが残っています。)
戦後1950年代に入って広尾まで延伸すると、県道69号をそのまま真っすぐ進んで長作、実籾、津田沼を経由し船橋駅へ向かう広尾線(船橋営)、実籾で広尾線と別れて三山を経由し津田沼、船橋駅へ向かう畑線(船橋営)、広尾から花島、柏井高校、京成大和田駅、萱田を経由して城橋(現在のゆりのき台の端)へ向かう萱田線と、穴川で別れて宮野木、実籾駅を経由して八千代台駅へ向かう旧八千代台線、長沼を直進して横戸経由で京成大和田駅へ向かう横戸線の5系統に分かれます。千葉駅と穴川の間は5系統共通の区間でした。
この当時の横戸線は上述の通り千葉駅から国道16号線を北上し、弁天入口の手前で左折して鷹之台ゴルフ場(現:鷹の台カンツリー倶楽部)の脇の道を通って京成大和田駅まで走っていました。ゴルフ場の脇の道は現在でも道幅が変わっていませんので、かなりの狭隘区間であったことは間違いありません。1968年の勝田台駅開業に伴って70年代に勝田台駅発着にルート変更します。
こうして千葉駅と勝田台駅を結ぶ路線として落ち着いた横戸線でしたが、1991年(平成3年)に千葉都市モノレールがスポーツセンター〜千葉駅間を延伸開業したために同区間がモノレールに転換され、千葉市街自動車時代から運行されていた区間のほとんどを失いました。千葉駅に行けなくなった横戸線は、1997年(平成9年)には穴川線と統合して稲毛区役所経由で西千葉駅まで延伸しますが、結局翌年には弥生線に分割されて再びスポーツセンター駅止まりとなり現在の横戸線の形となります。
そして2013年(平成25年)12月、勝田台駅とスポーツセンター駅を往復する全ての便が千葉内陸バスに移管され、京成バスの担当は勝田台団地循環線の入庫運用である夜の数本のみとなり、2020年(令和2年)3月31日の勝田台団地循環線の千葉内陸バスへの移管に伴って横戸線からは完全に撤退し、京成バスによる運行は82年の歴史に幕を閉じたのです。
京成バスの撤退からおよそ1年後の2021年(令和3年)1月16日、千葉内陸バス運行となった横戸線に新たに大日町入口から分かれてみ春野を経由し、み春野線と同じルートで勝田台駅へ向かうK23という系統が誕生しました。まもなく運行開始100周年を迎える横戸線。同じ系統から分割された広尾線や畑線などは全て廃止され唯一の生き残りとなっただけに、こうして新たなルートができて令和の世も存続していくことは非常に喜ばしいことです。

運行系

系統経由/行先備考
勝22スポーツセンター駅〜草野車庫〜長沼〜勝田台駅2013年(平成25年)12月1日運行移管
勝22勝田台駅→長沼→草野車庫2020年(令和2年)3月31日廃止

方向幕


勝22 スポーツセンター駅

勝22 勝田台駅

勝22 草野車庫(旧表示)

勝22 草野車庫

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